思ったこと

「くさやを部屋の中から焼き続ける人生」だったと判明しました。

くさや

私の行動原理のけっこう深いところに、「守りたい」って欲求があることに最近気がついた。

my守る=全力肯定する、精神的に何があってもそばにいる、言葉をかける、必要であれば物理的・金銭的な支援をする、私なりに愛する

 

なんかずっと胸の内にある「人間関係が上手くいかないな」という悩みは、つまるところ「自分には守らせてもらえなかった」っていう悲しみなのかもしれない。

小学生・中学生のときのなりたい職業、肩書きはないけど「役に立つ人間になること」。

利益に関係ない分野で役に立つ、という夢をみて公務員になったけど、仕事ができなさすぎてダメだったので他の道を模索。w

たぶん、私が世界に対して「守りたい人を守れている」と実感するまでこの戦いは続くのでしょうね。

予感だけど、死んでも終わらない気がしますね。

 

例えば、もしも私が「りんご」だったとして、

だれかが「りんごを食べないと死んでしまう」って瞬間に、目の前にいて、「僕のりんご(顔)をお食べ」と顔を分けてあげたい。そういう感じがします。(アンパンマン方式。)

 

でも、たぶん相手はりんごを食べなくても、時間が経てば、洋梨が食べたいと思っているかもしれない。だから、そういうものだ、と思えば、そういうものなのかもしれない。

でも、「あのときにフルーツが食べられなかった」っていう欠乏感は消えないような気がするんだ。
だったら、やっぱり as soon as possible(なるべく早く)という感じで、隣にいられたらなぁと思う。

 

私自身が、「あのときにフルーツがあったらなぁ」とずっと思い続けているからこそ、自分がフルーツを与え続けることで、あのときの自分自身を救いたいのかもしれない。

希望はあったよ、守ってもらえるよ、大丈夫!と証明したいのかもしれない。

大切な人を大切にすることで、本当の愛はある、自分も同じように愛される、と実感したいのかもしれない。

私にとってフルーツってなんなの?を言語化したときに、それは相手から見ないとわからないことではあるけど、なんらかの形をした「愛」なのかなと思う。(はずかち!!!)

 

ただ問題なのは、「今りんごいらないよ」「食わせようとしてくんなよ」という結果に終わることも少なくないという事実(笑)

というか、反応的に、たぶん私は万人受けするような甘いフルーツの形はしてなくて、くさやとか(くさやゴメン)、高麗人参とか、パイナップル入り酢豚とか、そういう感じなのかもしれない。
もしかしたら、ジャッキーカルパス、とかかも。(私はカルパス大好物だけどな!)

りんごになる方法を勉強しても中身がくさやだといずれはバレるので、持続可能性(SDGs)がないよね。

じゃあどうすればいいのかな〜ってずっと考えてた。

 

そんなとき、ある人が言ってくれた。

「くさやのニオイだけ振りまいとけ」

「食べたい!って相手が近寄ってきたら提供しろ」

「それでお互いにwin-win!」

と。

 

私は思った。

 

「確かに。」

と。

 

この言葉をくれたのは、安藤由美子(あんどう・ゆみこ)さん

安藤 由美子さん

安藤 由美子(あんどう・ゆみこ):セルフケアスクール「Tellus Ludens」代表。「ライフエネルギーマップ」を考案。またSATOYAMA FARM STAY「山里楽耕」にて、山里暮らしを共に学び楽しむ企画を準備しています。

ライフエネルギーマップ

心と体のエネルギー状態を可視化して、「自分はいったいどこに向かいたいのか?」をぱっと見で確認できる、ライフエネルギーマップの開発者。

「思いつきで作ったんだよ」なんて言ってしまう天才です。

こんな未来を創りたい、という力強さ
そこまでどうしていけばいい?が一目で分かる緻密さ・シンプルさ
自分の現在位置が分かって安心できる、癒し
でも、身体の自然なリズムを損なわない、優しさ…

こんなに強さと優しさが共存しているツールがあるなんて、と感動しました。

そして由美子さんは、こんな言葉を人にかけられる人柄の方です。(私、こんな人になりたかった。りんごだな。熱したホットアップルだよ..)

ぽかちゃんのブログには、自分自身をすべて開いて腹の底の底まで表現しきることによって、人の心を動かし、「えい!」っと人生を変えるほどの行動変容を後押しするエネルギーに満ちています。

こんなのはただのライティング技術じゃなくて、「生きざま」だと思うし、「ライティング技術」そのものだって文法レベルまで掘り下げて読みやすくなるように高めてきた。
自身が心血注ぎ血肉そのものであるような一文字一文字を、安売りなんかしないようにというプロとしての気概についての話も。あぁ、「スキル」レベルの話じゃないなと思って読みました。

ぽかちゃんは悪口を言うことも人に鞭打つことも好きではない代わりに、自分自身の退路なんか用意せずに全力投球で物事に自身を捧げきる姿を示しきる。

そういう「生きざまを姿で見せる」ということをしているので、そういう自分自身に矢印向けきって生きてる人相手に、「言い訳」ってできないですよ。

だから、「まず読んでみて」の一言に尽きる勢いで全身で1対多のコーチングをやっていて。学ぶところしかないですよ。本当に。

こんな「生きざま」を重ねてきたら、やっぱり全身全霊で表現し続けなきゃ、中途半端な表現じゃやってられないんだろうな~とぬるい湯につかってられない風さん(※ここでは変化する力、行動力、と読み替えられるかも)のカッコよさをしみじみ感じます。
ぽかちゃん、まだまだ全くすべては読めてないですが、自分自身の生きざまを、丸ごと周りの人にプレゼントしている姿は最高にカッコいいです。貢献力が凄まじいので、成果に結びついて当然だと、読めば読むほど納得です。引き続き、少しずつ読んで学ばせてもらいます。

このブログを残してくれて、ありがとう。残してきた文字たちは、大きな財産として、これからもたくさんの人を救い続けると思います。また読ませてもらって、ラブレター書きたくなったら、書かせてくださいね!

由美子さんは、あなたのことをあなた以上に理解してくれると思います。

ライフエネルギーマップは5分でできてマジで人生を変える力を秘めているツールなので、ご興味ある方は由美子さんまでご連絡を!

 

ということで(しろめ)、りんごくさや…じゃなくて、ちょっと通常の言語に戻すと…

私は「アホ・行動力ある・なんか観点ズレてる(良くも悪くも)」と三拍子揃っていて、自分から相手に働きかけると、ウッッッ!!!!!とさせてしまうことがあります。

とくに地に足ついた(つけたい)タイプの人からしたら、全体的に意味不明だったり、ムダに劣等感を煽ってしまったり。

私は「アホ・行動力ある・なんか観点ズレてる(良くも悪くも)」な部分をどうにかして矯正しようとして、そのまま相手に働きかける、というベクトルは変えずにいたけども、

素質の部分は変えずに、相手との関わり方の部分を見直せばいいのだ、と。

もしも相手が、「今あの人と話したら、ちょっといいかも」と思った時に使ってもらえばいいのだと。

 

単純なことかもしれないけど、いままで一人では気がつけないことでした…。

傷ついて引きこもるか、ワーッと自分からいくかの、0か100か、みたいな選択肢しか見えてなかったのかもしれません。

もう、どうしたらいいか分からない時には、黙って鬱になるしかなかった。

 

そういう意味ではインターネットメディアは私にとって「50」の存在。

(ワイ)窓は閉じずに、部屋の中からひたすら今日もくさやを焼いてます!!!

(外にいる人)ん、なんかにおうな??

みたいな距離感なわけです。

それでもし、食べたい人がいたら、日本酒を持って部屋に入ってくる…みたいな。

うん、理想的ですね。誰も傷つきません。

 

(リアルでわいわいしないと寂しい…という性分はまったく無くて、長い間連絡を取り合わなくても、会わなくても、精神的な距離は近くに感じられる体質なので、快適です。)

この時代に生まれてきてよかった。幸運だ。

 

とある性格診断で、私は「自分軸:他人軸=50:50」で行動しているという結果が出ました。

個人的にはこの結果がとってもしっくりきていて。

私は自分軸だけだとめちゃくちゃ苦しくなってしまうし、

他人軸だけだと自分を見失い、永久(とわ)に病み始めます。
ビリー・アイリッシュ風に言うと、存在意義が見つけられずにもう I wanna end meになります。

私の中には吹奏楽経験で培われたステージ魂が刻み込まれていて、観客がいないとステージの意味はない、でもステージがないと観客は集まらない。

ステージと観客は不可分な要素であって、2つで1つです。ステージが1.5になることもないし、0.5になることもありません。それは、ずっと50:50です。

わたしはこのシンメトリーを愛しているし、たぶんこれからも50:50であり続けたいと思うでしょう。

 

で、私の根強い我欲は「守りたい」に加えて「できるだけ最大多数を。」なので、くさやの匂わせを壮大なものにしていきたいのです。

昔の自分みたいな子が、暗い井戸の底でひとり静かに光が差すのを待ってる / 井戸にいることすら気がついていない…なんて、悲しすぎる。
エゴかもしれないけど、ちゃんとゴールのある蜘蛛の糸を垂らしたいです。

たぶん私が発信活動を辞めない理由はここにあると思います。

50:50を、100:100に、200:200を、1000000:1000000にしていきたいのだと思います。

私の行動力はこのために備わっている性質でしょう。

 

1000000:1000000になったら、食べるどころか「くさっっ!!!」って鼻が曲がってしまう人も出てくるでしょう。

くさやにトラウマがある人が、攻撃せずにはいられない対象になることでしょう。

でも、くさっっ!!ってなる前に、「この先くさやがあります、注意」と言える配慮はほしい。
そういうときに、一生懸命にりんごになろうとしていた経験や、食べてもらおうと頑張っていた経験が活きると思います。

攻撃する / されるという経験も、お互いにとって必要なものだということは、もう知っています。
私も、自分を守るために攻撃することがある。完璧じゃない。あーあ、やっちゃった、って振り返ってまた学んでる。

だから、もう、自他共にゴメンねって感じ。

攻撃させてあげる人って、強い。風の抵抗を受けられるのは、どこかに進んでいる人だけなんです。

似たようなテーマ→【病み記事:前編】生の心臓に薄いナイフを突き立てられた気分です

 

うん、無駄なことは何一つないですよね。

 

ちなみに、私がネットじゃなくて「リアルガチで」体重乗っけて守りたいと思える人は、たくさんいます。

たくさんいるんだけど、私の一方通行だったんですよね。(かなしい、本当にw)

で、私が由美子さんと話して気がついたのは、私のことを大切にしてくれる人を大切にすればいいんじゃないか。ということです。

 

お世話になっている社長さんが、「自分の周りにいる50人リスト」を書いている、と教えてくれました。

周りにいる人たちは、自分が置かれている環境そのものだから、環境を変えたいなら人を見直そう、ということらしく。

私も馬鹿正直に書いてみたのですが、いまいちピンとこなかったのも事実でした。

でもたぶん、私の場合は「自分が本当に大切にしたい人リスト」を作るべきだったのではないかな、と思ったのです。
ネットとかリアルとか関係なく、心からそう思える人たちだけに意識を集中させて、その人たちのことは何があっても絶対に守ると決める。

 

私が幸せに生きるために必要だったのは、「スゴイ人と付き合う」とか「環境を変える」とかじゃなかったんです。
あなたが好きだ!!という想いから、勝手に燃料をもらえるんだから。

 

大切リストに載る人はかなり少ない、ですが、でも、確実に存在しています。その事実が私にとってどれだけ幸福なことか…!

いままで隣にあったけどちゃんと実感できていなかった幸せを、手にとってニヤニヤと噛み締めています。

 

そっか〜ここでワガママになればよかったのね、みたいな。

 

もうあとは匂わせです、匂わせ()

匂わせ=愛が薄い、というよりは、くさやを贈りたいけど、相手にとってもこの形がいちばんだろうな〜という感じですw。

だって、何もないところからいまのパートナーみたいなすんごい尊い人と出会えるなんて、この世界、ポテンシャル秘めすぎだろ!とか思うわけです。

 

ということで、学んだこととしては

  • お前はくさやだ
  • 匂わせてこう
  • スケールも大事
  • 大切にしたい人を見失うな

ですね。

 

はースッキリ。

お読みいただきありがとうございました。

 

Don’t give up on me, I still love you from so far away
My baby, I’m sending you all my love from far away
Far away

Verse 1: Pismo
No one believed, this feat could be achieved
They thought it was best to leave
But I’m determined
Damn it’s impossible, well what do they know
As long as we both hold our love for each other
Anything’s possible, it’s only for us to know
I’m sorry don’t let this go
Tell me what can I do, my heart is feeling blue
I just wanna be with you
I just wanna be with you

far away feat. Pismo/Kenichiro Nishihara