ワクキャリ・田舎フリーランス養成講座

私は「あんちゃさん」になることをやめた。

 

私が会社を辞めてブロガーになったのは、2000%プロブロガーのあんちゃさんの影響だ。

私が新卒で入った会社でこのままでいいのかな〜〜と無限にモヤモヤしていた時期に、たまたまフラッとJR上野駅の本屋さんに入り、著書の「アソビくるう人生をきみに」というタイトルが目に飛び込んできて、たまたまそれを手にとって帰りの電車で読み、ブロガーという選択肢があることを知り、ついに会社を休職したときに「そういえばブログやってみようかな」と思い出し、それが楽しくて書きまくってたらいつの間にか仕事に…

というのが、転身までのハイライト。その後もブログのテーマをまじまじぱーてぃと同じ「stork」にしてデザインを参考にしたり、あんちゃさんのブログ・SNS運営やアフィリエイト記事作成をたくさん研究した。ブログイベントにも参加したし、自分がファシリテーターをするイベントがあったら真っ先にゲストとして招待した。

 

彼女は、明らかに私の「ロールモデル」で、「目標」で、「憧れ」だった。

 

そんな私に、「なんかあんちゃさんと似てるよね」と声をかける人は少なくなかった。20代の女性で顔出しして下ネタ書いてたし、発信内容も参考にしまくってるから当たり前といえば当たり前。

でもそんな風に言われると、あんちゃさんや同世代のインフルエンサーに近づけたような気がして嬉しく感じた。

実際に、Twitterアカウントやブログがだんだん育ってきて、イベントに呼ばれることがあると、「きっと私もあんちゃさんみたいに、登壇してしゃべりながら全国を回ったりする機会を作れるかもしれない」「出版もできるかもしれない…」

などと妄想して、もっと頑張るぞ、と意気込んだりしていた。

私が描いていたのは、あんちゃさんの活動内容が、そっくりそのまま私の仕事にすり替わっているような未来だった。

 

そんな状況に転機が訪れたのは、『東京グラフィティ2019年8月号』を読んだときだ。

 

なんのための仕事だろう?

 

その号には「オープンエロガールズ」という特集があり、性の語り手として何人かの女性が寄稿していた。

ゲストの顔ぶれは華やかで、iroha広報さん、自撮り熟女のマキエマキさん、そして”下ネタブロガー”の枠であんちゃさんもインタビューされており、もちろん購入した。

 

 

しかし、その特集を読んだとき、私は異常にモヤモヤとした。

 

胸の中心が「モヤモヤ」と音を立てているんじゃないかと勘違いするほど、気持ちが揺れているのを感じた。

あまりにもモヤモヤするので、雑誌に書いてある中身がまったく頭に入ってこなかったほど。雑誌を本棚にしまっても、まだ数日はモヤモヤしていた。

なんでこんなにモヤモヤするんだろう?という疑問を、必死で自分に問いかけた。これは、自分の汚い感情と真正面から向き合う作業だったので、かなり苦痛だったのを覚えてる。

知っている単語という単語を振り絞っていちばんしっくりくるものを選んだ結果、出てきたのは

「ずるい」という一言だった。そしてこの感情には見覚えがあった。

 

 

私は小さい頃から、とにかく人の目を気にする性格で、同世代で活躍している人を見ると、誰彼かまわず嫉妬した。

プロゴルファーの石川遼くん、アイススケートの羽生結弦くん、有名な歌手…。全然ジャンルが違う人だとしても、年が近いというだけで自己嫌悪の対象になった。

そういう人を見ると、「自分が遠くに引き離されてしまう」ような感覚があったからだ。

彼らの目ざましい成果をテレビで目にするたびに、両親に対して「ここまでの人間になれていなくて本当にごめん」と心の中で謝罪するような勢いだった。若干狂気じみているなと思う。

 

今思えば、小さい頃から、自分も早くなにかしらの社会的な成果を出さなければならない、という気持ちでいっぱいだったんだと思う。

つまり、「なんのためにそれをやるのか?」をロクに考えず、ただひたすら何者かにならねば、と焦っていたのだった。

(その根っこは、小さい頃に周囲から浮いてしまった孤独感や、両親や周りの大人からの期待によってだんだんと育ってしまったのかなと推測してる。誰のせいでもありませんが)

 

…そんな自分を発見して、改めて胸に手を当てて問いかけてみた。

私は、「あんちゃさん “に” なりたい」と思っているんだろうか?

 

 

その答えはよく分からなかった。YESともNOともハッキリ言えない感じ。

この「雑誌事件」をきっかけに、私は仕事や発信活動の方向性を見失ってしまった。

 

 

その後数ヶ月にわたって、仕事や発信活動の方向性を模索する日々が依然続いた。

(近しい人と発信活動の内容でもめて意気消沈し、いちど発信をすべてやめてしまったのもこの頃だったと思う。)

 

ブログアフィリエイト収入があったから最低限の生活はできていたものの、どんな文字を書いてみてもしっくりこないので、ブログもTwitterもぜんぜん更新する気になれなかった。

でも、前に進まなきゃ…という焦りは常にあった。そのときとった手段は「何か新しいことにチャレンジする」「自分に何か新しいスキルを付け足す」というもの。

 

そこで、「今の時代は動画だ!」とドコカのダレカがSNSで発言していたのを真に受けて、めちゃくちゃ微妙なチャンネル運営の企画書を、YouTube運営にくわしいナナシロさんに送りつけたのもこの頃。今思い出しても恥ずかしさしかない…(笑)

やんわりと「収益化が目的ならブログだけでいいんじゃない?」と言ってもらったっけ。

 

「何か」を見つけたいけどその「何か」がどこにもない。

もうやることなすこと全てが中途半端なのを自覚していて、本当に苦しかった。

 

そんななか、2019年12月に、愛媛県大洲市で「田舎フリーランス養成講座(現ワークキャリア養成講座)」のブログ講師の依頼をいただいた。

これが、決定的な分かれ道になったと思う。

もしもこの依頼がなかったら、私はいまごろ何をしていたんだろう?

本気の受講生から教えてもらったもの

 

ワークキャリア養成講座は、WEBスキルで独立したい人や、副業を始めたい人向けに行うスクール。

今のところ、スキルを総合的に学ぶ1ヶ月の合宿型、トラベルライター養成講座、そしてYouTuber養成講座のコースの3つがある。

WEBスキルで独立した現役講師が講座を行うだけでなく、メンター制度があるので、それぞれの受講生をフォローする担当講師がつくのが特徴。

手段だけにこだわらず、「なんのためにそれをするの?」「本当に自分が幸せな状態ってなに?」を徹底的に考え、壁打ちする期間になります。

お察しのとおり、参加者も講師もガッツリと人生そのものに向き合うことになる講座なので、今までにも色々なドラマが生まれてきた。

 

 

愛媛では、通算4回目のワクキャリ講師(ブログ担当)。

毎回。それこそ毎回思う。10名前後の受講生は、ほんとうに一生懸命で、真剣そのもの。いままさに目の前で変わろうとしているオーラにビリビリ感電させられる。

私も「どう向き合おう」「もっとできないのか」と頭を悩ませたり、ふがいなさに凹みすぎて、メンタルを浮上させるのが大変になることもあった(まだまだですね)。

 

 

そんな、まいにち本気のコトバが交わされる1ヶ月間のなかで、受講生たちからもらった言葉がいまでも頭に焼きついてる。

 

  • 寄り添ってくれている感じがして嬉しい
  • いつも見ていてくれる感じがする
  • ぽかさんには話しやすい

 

…本当に嬉しかった。

受講生みんなからたくさんもらったものがあるんだけど、ただちゃんゆーたケイちゃんが直接目を見て言ってくれたんだよな…

ときには、涙を流してまで必死に本音を吐き出してくれる受講生も何人かいて、「こんなにたくさん話してくれてありがとうね」という気持ちでいっぱいになることも。

ふと、なんでこんなにみずみずしい感情があふれてくるのか…と振り返ってみたときに、大切なことに気が付いた。

(そして、この振り返りが、いまの活動にそのまま繋がっている。)

 

思い返してみれば私は、ぜんぜん育たなかった自己肯定感を「どんな自分でもすべての話を受け止めて聞いてくれるコーチング体験」によって救われてきたし、

自分も、本音を話してくれる相手の存在に救われてきた(その最たるものがパートナーの存在)。

アロマテラピーの資格を取ったり、ハーブティが趣味だったり、マッサージが好きだったり、なにかと趣味が癒し系。

ブログ名「ぽかリゾート」は、せめてここにいる時にはリゾートみたいに羽を伸ばしてもらえたら、という願いを込めてた。

そして、ストレングスファインダーの上位に「包含」が入っているという…

思い返してみるといつも、「本音を出してリラックスすること」に強い関心があったのに気づかされました。

 

 

ワクキャリの場を借りながら、点と点が繋がって、自分がどういうときに幸せを感じるのかを発見できたと思う。

「性×本音で話せる場所作り」を目指していこう!と再出発することができました。

 

 

これが今の私にとっての方向性になっており、わりと揺るぎない感じなのが嬉しい。

もちろんまた考えが変わることはあるかもしれないけど、今はこの言葉がリアルでしっくりきてます。

 

 

ただいろいろとチャレンジするだけじゃここまでの気づきはなかったなと思っていて。

ワクキャリでは運営も受講生も講師もみんな本気だったから、私も本気で自分の人生に向き合うことができたのかなと。

 

 

思い返してみると、最初にいなフリに関わった時も、2回目のつるフリも、週フリでも、この愛媛でも、受講生からもらった言葉たちが宝物のように残ってるなと思う。

みんなありがとう…!

 

自分らしいキャリアってなんだろう。

 

私はいま、Twitterで「スゴイ人」を見ても、テレビで石川遼くんを見かけても(笑)、嫉妬心に苦しむことはなくなっている。

そして、あんちゃさんの活躍を見ても、モヤモヤして引き離された感覚をもつようなことはない。

あんちゃさんは今でもずっと尊敬している人で、たとえSNSやブログを完全にやめます!と発表したとしても、それでも応援したい、と思えるくらいです。

そんな存在なのに、タイトルにこんな形で登場させてしまってすみません…。自分にむけた宣言の意味もありました。

 

 

今わたしは自分のカウンセリングサービスを作るために、友人たちに付き合ってもらって練習をしている。

以前だったら、全然うまくできないことに凹んで「あの人はもっとうまくやっているのに」と比較してネガティブになっていたかもしれないけど、今は、1回1回で改善されている小さな一歩に目を向けられているなと思う。

人の目を気にする性格が、だんだんと影を潜めているのを感じるのです。

 

 

 

思うに、自分が大切にしたいことって、すでに自分の中にあるんじゃないかな。

それが趣味か、仕事か、はたまたボランティアか、どんな形で出てくるのかは分からないけど…

そのタネをしっかり見つけてあげて、「大切なことを大切にできるような生活を目指すこと」それが、自分らしいキャリアを実践すること、と言えるんじゃないでしょうか。

 

 

実現したい生活を目指すうえで、ほとんどの人にとって、誰かを参考にする必要が出てくる。

道筋のイメージをつかむうえでも、ロールモデルを見つけることは本当に大切。だから、ワクキャリの序盤でも、実際に成果を出している人の事例を受講生にシェアすることは多い。

 

 

でも、ロールモデルが教えてくれるのはあくまで「型」にすぎなくて、守破離でいったら、「守」の部分だけだと思う。

ロールモデルは自分をどこにも連れて行かない。自分をどこかに連れて行けるのは自分だけ。

 

以前の私は、勝手にあんちゃさんに何かを期待して、それが叶わないと勝手にがっかりして、いったい何をしていたんだろう?と思う。

あんちゃさんと私は、違う人間なのに。やっていることは、誰かが敷いたレールの上を歩いているのと変わらなかったんじゃないだろうか。

 

 

もし少し前の私みたいに、「何者かになろうとして焦る」「何かで成果を出したいけど、その何かが分からない」って思ってる人は

むしろいったん立ち止まって、やってみたかったことを純粋に楽しむ時間をとったり、なにか好きなことに集中してみたり、何かに熱中している人たちのなかに飛び込んでみるのはどうでしょうか。

新しい何かを探すよりも、振り返り。自分のなかに埋まっているものを掘り出してあげるようなイメージで。

(机の上で考えを書き出すのは、ちょっと堂々巡りになることもあるので、私はそれだけやるのはオススメしません…)

 

もしも一人で考えるのが難しい…というときには、ぜひワークキャリア養成講座を通していっしょに考えましょ!!

 

2020年3月〜5月の開催スケジュールはこちら

私が住んでいる山梨県都留市の回はもう埋まってしまってますが、ほかの地域で開催しているワクキャリも、毎回エモい講師陣が集まるので、信頼してほしいです!

 

感染症拡大が懸念されていますが、今あるワクキャリの講座は開催予定の方針です。(これが「田舎」の強みか)

ただ、運営サイドも慎重を期しているみたいなので、参加にあたってはいろいろ指示があるかもしれないです。

 

 

久しぶりに、書きたいことを自由にブログに書く!という体験ができました。

楽しかった。