思ったこと

講師だけど、カウンセラーだけど、人にアドバイスはしない。

 

自分ので言うのもなんだけど、私はおせっかいなほうだと思う。

 

思えば、まわりの親戚も父も母も、根が優しくてみんなおせっかいな人たちだった。

私もそんなおせっかい気質をキレイに受け継いで育った「おせっかいサラブレッド」だ。

(残念なことに、おせっかい焼くのがウマイかどうかとは、あまり関係がない。)

 

悲しいニュースや、腹立たしい事件を聞くと、人並みに義憤を感じて、

「せめて自分にできることで世の中をよくしていかないと!!」などと本気で考える。

 

とはいえ、新型肺炎に苦しんでいる人を私がこの手で救いに行くんだ!…とはならない。

私が持っている知識も経験も、新型肺炎に役立てるものとは程遠くて、あまりにかけ離れているから。極端な例だけど…。

 

やっぱり、過去や現在の自分と近い境遇にあって、どこか共感できるような悩みを持っているような人がいると、

「この人に対して、自分に何かできることはないのか!?」とおせっかいスイッチが入るのだ。

とくに、お金のことで悩んでいる人は、過去の自分を見ているようで放っておけなくなってしまう。

生活苦は、人を狂わせる。

そうなった経緯を説明するために、すこし昔話を。

 

私は都内の会社に2年勤めたあと、心身のバランスを崩して、勢いで会社を辞めて、勢いで独立して今に至っている。

会社員時代はそれなりに激務だったので残業代がつき、きっと同期よりは稼いでいた。

でも、ストレスがたまると無駄に出費したくなるのが人間心理。わりと稼いでいたはずなのに、貯金はほぼ無いに等しい金額だった。(あのお金はいったいどこに消えたんだろう…)

 

慎重な人だったらこんな状況で会社を辞めないだろうと思うけど、会社に行ける状態ではなかったし、転職活動をする気力も残っておらず。

会社員時代には↑こういう発言する人を「甘えすぎw」とか思うタイプだったけど、世の中には、根性論では片付けられないような、ニッチもサッチもいかない状態になってる人もいるんだな〜と、この時はじめて知った。笑

こんな流れで、消去法での独立をえらぶに至りました。

(ちなみにこの消去法での独立、転勤夫の妻や主婦女性には意外によくある選択肢らしく、仲間がいるんだな〜とのちのちテンション上がりました。)

 

勢いで自由な時間を手に入れたものの、「何を仕事にするか」も決めずにただただブログを更新する毎日。

ブログを開始したばかりのころは、収益はもちろんゼロ円。

私が暮らしていけたのはただのラッキーパンチ。

 

開業届は出していなくて、「趣味」扱い。こんな生活で食っていけるはずもなく、貯金も底を尽きてしまった。

ただし、ブログの書き方やSNSの発信については日々考えながらやっていたので、直接お金にはならないPV数やフォロワー数、そしてブロガーネームの認知度だけが上がっていった。

 

文章を書くことはできる。SNSで人と繋がることはできる。

それはいい。ただ、とにかく、とにかく…個人でもできる稼ぎ方が、分からなかった。

そもそも「稼ぐ」とはどういうことかも、ピンと来てなかった。

 

SNSの中で目立っているだけのネット芸人という感じだった。

暇つぶしのエンタメになれたり、頑張りたい人を勇気付ける存在として、多少は価値を提供できたかもしれないけど、それはキャラを消費されている側面もあって、お仕事としての持続可能性はないなと薄々思っていた…。(あくまで私個人の話。適性によっていろんなお仕事があっていいと思うよー)

一時期は、ほかのブロガーの真似をして、値段をつけてnoteコンテンツを売ってみたし、10万円くらいはそれで稼げたのだけど、なんか次を出す気分にはなれず。

その時期はブロガーブーム・オンラインサロンブームで、目立つブロガーがなにかサービスを作ってみるだけでも「個人としてこんな稼ぎ方があるのか、見てみよう」と注目されてお金を落としてもらえるような時流だったので、

楽しみながらちょこちょこと様々なチャレンジしているうちにお金が入ってきて、なぜか生活ができてしまっていた。個人スポンサーの皆様にもかなり助けられたなぁ。

しかし、モノづくりをしている実家の両親をみて育ったので実業への憧れが消えず、自分の描く稼ぎかた像とはちょっと離れていた。

なんかうまく言えないけど、「自分のウデでやってる感」がほしかったのだ。今思えば、それは仕事への覚悟が足りなかったんだと思うけどね。

そのときは、目の前のお仕事を「ずっと続けていくこと」とは思えなかった。

 

お金ってなんだろう、稼ぐってなんだろう、人の役にたつってなんだろう。ない頭でいくら考えても分からなかった。

だんだんと生活が苦しくなっていくにつれて、私はブログもSNSも「数字」としてしか見られなくなっていった。

楽しくて始めたブログだったけど、もう結果を出すことしか見えてなかった。その「結果」も特にお金に繋がることではなかったので、変な方向に全力で走っている感じだった。

まさに文字通り、迷走!

 

その時期には、もはや手っ取り早くお金を手に入れたいという気持ちがピークに。

「申し込んで一緒に頑張れば30万円稼げますよ!」という謳い文句の高額コンサルに契約までしていた。(支払い能力がなくて結局は頓挫したけど笑)

コンサル内容の価値を否定する訳ではまったくないけど、今だったら契約しない手段だなとと思う。

 

周りの人たちも「コンサル高すぎない?やめれば?」とたくさん止めてくれたのだけど、本当にしんどくて視野が狭くなってる時って、あまり他人の意見が耳に入ってこないらしい。

もう自分にはそれしかないんだ…!と、本気で思い込んでいる。

人間は、気持ちの余裕がなくなると、蜘蛛の糸にすがりたくなってしまうんだなと思った。今いる地獄からすぐに助け出してくれるような奇跡を探してしまう。

 

声の大きいインフルエンサーを盲信する人や、詐欺にあう人のことを、「思考停止やん」などとバカにすることは簡単なんだけども、それはたぶん本人がアホな訳ではない。

その人がそう思い込んでしまうような、環境的な要因があるんだろうな〜と今では思っている。

思考停止させる要因として身近なのは、やっぱり生活苦。食えないという不安は、人を狂わせかねないなと思う。

私を真似しないでほしい。

ほぼ抜け殻だった私にとっては、「文章を書くのが楽しい(と思っていた)。文章を通じて人と繋がれるのが楽しい(と思っていた)。こんなに楽しい(と感じていた)のに、うまくいかないハズがない。」という、

めちゃくちゃ根拠のない自信と過去の原体験

だけが、仕事をする上での心の支えになっていた。

(あとは、家族と元彼がいたからそもそも会社を辞めて好きなことができた。人が側にいたらとりあえず死なないだろうなぁ、と思っていた…。足を向けて寝られない。)

だから、「楽しい!」という原体験は大事にしてほしい。いざというときに心の底に残っている、ウソのないピュアな感情だと思うから。←おせっかい!

 

そんな根拠のない自信に支えられてコツコツと記事を書いていったら、1年前の春ごろから急に、ブログが収益化の軌道に乗ってきた。

そこからは、人並みに気持ちの余裕が出てきて、落ち着いて仕事に腰をすえられるようになったと思う。

 

ちょうどその時期に、WEBフリーランスや副業する人を育てる「ワークキャリア養成講座」でブログ講師をさせていただいたのだけど、

その時期に、営業、基本的なライティング、ブランディングなどを受講生と一緒になって勉強しました。「仕事ってこうやるのか」と衝撃だった(爆)

おいしいケーキ(才能・コンテンツ)があっても、そもそも皿に乗ってなかったら相手に渡せないし、フォークとスプーンがなかったら食べてもらえない=対価がもらえないのと同じで、仕事の形にして対価をいただく上で必要最低限なスキルを勉強できたのが大きかった。

フィーリングで仕事してるとどっかで頭打ちになると思う。

いまでは色々なお仕事を任せていただけて、会社員時代の平均2倍以上の収入を、半年以上続けて確保できるようになった。ワクキャリがなかったら今頃どうなってただろうか。ゾッとします!

 

これは尊敬する人が教えてくれた考え方だけど、「お金の不安があるとクリエイティブが死ぬ」

激しく同意としかいいようがない。(まれに、お金をなくして自分を追い込んだほうがやる気が出るという人もいるけど、それは一握りだと思う。)

まずは貯金したりお金を稼げるようになって精神を安定させてから、その上でやりたいと思うことに挑戦する。そういう場合なら、全力で背中を押して応援するのだけど。

私の中のいまの優先順位は、お金の確保>チャレンジ精神なんだよな。チャレンジをいいものにするためにも大事だなと思ってる。

 

新型肺炎でトイレットペーパー買い占め騒ぎも、わりと人ごととは思えない。

大切な人を守らなきゃ!とか、自分の命が危険に晒されるかも!という不安から、客観性を失ってしまう人も多かったんじゃないだろうか。

私も小さな子どもがいたり、家で高齢の両親を介護してたりしたら、私も買い占めていたかもしれない。(かといって同情する訳ではなく、自分の頭で考えることを放棄したら危ないぞ〜と思うけども)

人が冷静な判断を下せるのは、「その人が安心を感じられているとき」だけだと思う。

平和って尊いねっ!

 

ちなみに、生活苦生活苦って書いてるけど、ぜんぜん稼げないけど安心できている(養ってもらってる、自給自足できてる、5万円しか収入ないけどそれで十分とか)って場合にはべつに稼ぐことに固執することもないと思います。

メチャクソ稼いでても、自分がどうしたら安心して生きられるか知らない人は、いつまでたっても安心できないままです。

要は、精神的に安心することが大事です。語弊あったので補足です。

アドバイスが刺さる瞬間

ネットで発信する以上は、不特定多数が見るわけだから、個別の才能に支えられたキャリアをまるっとおすすめするわけにはいかないなと思う。

 

私は上の章で書いた生活苦してた昔話を、「苦しいときもあるけどコツコツ続ければ、いつか成果が出る!」という美談にしたい訳ではなくて、むしろ逆!

ぶっちゃけ私は文章を書くことやSNS発信が苦ではないし、対して文章の勉強も分析もしてないのに、わりと最初から「面白い」「読みやすい」「爆笑」「泣いた」などと、少なからず人の気持ちを動かすようなコンテンツを作ることができていた。

もう恐れることなく書いてしまえば、ブログ・SNSに関しては、平均よりも才能があるんじゃないだろうか。

私がとってきた仕事上の戦略とか手段には再現性はあるけど、キャリア全体の流れとしての再現性はほとんどないような気がする。だから、安易に真似してほしくないと思う。

もちろんお金の余裕があってそれでもリスクを取りたい場合には応援しますが…!

 

最近よくある、ブログ・SNS・YouTubeの三刀流が最強だ!という発信も、合っている人には合っていると思う。

でも、もちろん合わない人もいるから、やっぱりみんなにはオススメできない。人によって何が「最強」かも全く違うから。

私もYouTubeノリで始めたらぜんぜん楽しくなかった。やりたいときにやればいいと思う。ゴリゴリ伸ばしたい気持ちになったら戦略として参考にすればよい。

もちろんポジショントークの側面もあるので、真正面から真に受けなくてよしっ!

 

私も時々は一念発起してオピニオンを書こうとするんだけど、「この前提で、こういう価値観の人が、こういう場合の時は…」の前置きが長すぎて、最近はツイッターでほぼ何も書けなくなってしまいました。ヘタレています。

ヘタに客観的なことを書こうとするよりも、ゴリッゴリに主観的な体験や考えを書くほうが、刺さる人には勝手に刺さるし、押し付けがないんじゃないかなぁと思う。

これが最近の私の発信哲学になっています。

そうなると、140文字じゃまとめられなくて。う〜〜難しい。

 

ワークキャリア養成講座でブログ講師をさせていただくときも、個人のカウンセリングサービスを実施しているときにもいつも思うんですけど、

その人の本音が「目の前で」「お互いに」共有されている状況じゃないと、どんなアドバイスをしても刺さらない。

道筋を示そうとしてどんなに的確なアドバイスをした!とこちらが思っても、ふーん…あ、そうなんですね〜…と、どこか他人事のようなテンション。

でも、「それって●●ということなんですね」「じゃあそのとき●●と感じたんですね」と共感しながら話を聞いていくことで、

「そう!そうなんです!」と、相手と自分が一点に交わるアハ体験の瞬間があるんです。

そのときに、じゃあこうしたらどうかな?というアドバイスが初めてブッ刺さる(かもしれない)なと思う。あくまで個人的な経験則ですが。

(ちなみにこれは、相手とラポール(信頼関係)を築くこととも言われたりする。)

 

やっぱりどんなに一般化された切り口から始まる話でも、考えや悩みはマジで百人百色なんですよね。

ぶっちゃけ「人による」が最強の真実。

だから、少なくとも何度かチャットしたり、直接じっくり話を聞かないと、相手にカスタマイズされた適切なアドバイスはできないなと思うし、アドバイスする機会があったとしても、刺さらないなと思う。

そもそもアドバイスがゴールでもない

人によっては、前に進むために、本当に求めてることはアドバイスじゃないことも多い。

  • ただただ肯定してほしい
  • 話を聞いてほしい
  • 仲間がほしい
  • 叱ってほしい
  • 安心したい
  • 居場所がほしい

私自身も、会社を休職してるときに自分に自信が持てるようになったのは、コーチング体験で「なんでも話していいんだ!」と全肯定してもらったのが嬉しかったからだった。

そこにはなんのアドバイスもなかったけど、自分を認めてくれるポジティブな経験をすると、勝手に前に進んでいく人も多いと思う。

だから、話を聞く=アドバイスだと思い込む必要はないんだけども。

 

ただ、共通してるのは、「本音で話せること」「素でいられること」なのかなと思う。

それが、安心の確保には大きく関わるような気がするな。

 

だから、おせっかいな自分を活かせる場所として、本音で話せる関係や場所づくりを大事にしていきたいなぁと思う。

オンラインの不特定多数の場所だとちょっとやり方がわからないけど、こうしてブログで本音を書きまくって、読んでいる人がこころの鎧を脱げるような時間になればいいなと思う。

オフラインでは、今住んでいる都留の仲間を大切にしたい。また、カウンセリングのお客さんや、ワークキャリア養成講座の受講生とも、まずはお互い安心して話せる関係になりたい。

以上が、私の性格を尊重しながら、他人にポジティブに関われる行為としての暫定の「解」かな。まあ難しいんだけどなぁなかなか…!試行錯誤してます。

 

2020年5月〜7月、千葉・宮城・山梨・北海道で、ワークキャリア養成講座のコースとして、1ヶ月合宿型の田舎フリーランス養成講座が開催されます。

6〜7月には、旅しながらライターする生活を目指す、トラベルライター養成講座も。(大人気講座の第二回ですね)

フリーランスを選択肢に入れている人、人生に迷走している人もぜひお話ししましょう(笑)詳細はこちら

 

完全アドリブな記事でしたが、こんな感じにまとまりました!(まとまってない!)