思ったこと

自暴自棄になっていた私の人生を変えた「自分を大切にするワーク」

看板

自暴自棄になっているときは、自分では気が付かない。

そのくらい、自分の感情を閉じて蓋をすることに慣れてしまっているからだ。

いったい自分の30年間ってなんだったんだろうと思う時間がつづいた。

 

そんなわたしをみて、秘書さんが一つのワークを教えてくれた。
(秘書さんではなくもはやライフコーチだ)

それが「自分のなかの自分と話してみる」というワーク。

やり方は、耳に電話のかたちの手をあてて、自分自身に「愛してるよ」と話しかけてみる。

そこでネガティブな感情が出てきたら、おさえずに出し切って味わい切る。

 

高熱をだして朦朧としながら、耳に電話の手をあてて、おっかなびっくり「愛してるよ」って言ってみた。

なかなか話し相手となる自分の姿が出てこない。
何回も何回も、自分のすがたがみえるまでやってみた。

そのうち、だんだんと映像が浮かんできた。

小さい頃の自分からいままでの自分、
実家や学校で、輪からはずれてさみしくポツンとしている自分、
いろんな自分がなんとなく浮かぶ、

そのとき自然と、秘書さんのガイドになかった言葉を口に出してた。

「なんでそんなに頑張ってるの…?」
「もういいんだよ」
「そのままでいいのに、そのままで愛されているのに」
「頑張らなくていいんだよ…」

いままでの自分を思い返す時、愛されなきゃ!と思って
必死に何かに打ち込む自分や、チャレンジしては挫折する自分がいた。

「電話する」ポジションを通して、それを客観的に眺めたとき、
共感といよりは、はっきりいって「滑稽」にうつるくらい、空回りしている自分がみえた。

え???なんでそんな頑張ってんの???と、なかばビックリしたのを覚えている。

 

 

自分と話す感覚をなんとなく覚えた私は、

もう一回、自分に電話で話しかけてみた。メインの話題はいまの仕事の状況になった。

あー、まあ、そりゃ不安だよね
でもなんとかなってるよね、ぶっちゃけ
うーん、なんでやってたんだろうねこれとか、いろいろな見直しにつながった。

いままで、自分を埋めようとするためにやってきたことが多すぎた。

いったいどこからそんなエネルギーがわいてきていたんだろうか。逆に疑問がわく。

 

 

ワークをやった日から、頭の中が「無」になった。

あまりに静寂なので、抑うつが再発したのか?とも思ったけど、家事はひとりでできるしごはんも美味しいしパートナーも相変わらず素敵なのでたぶん違うなと思った。

たぶん、本来はこんなかんじなんだ。

頭の中から、自分を責める声も聞こえてこない。

 

 

秘書さんからは「何回も繰り返しやってみてね」と案内があった。

だんだんと自分自身と繋がる感覚がつかめてくるらしい。

 

 

私は自己肯定感という言葉があまり好きではない。

私にとっては、がんばる方向に、無理矢理にでもすぐ肯定的な結論を出すことは簡単だからだ。

自分の感覚をあえて見ないようにして、置いてきぼりにするような「自己肯定」もある。

 

正直言ってこの2年くらいは、そんな自己肯定を積み重ねてきたので、自分がやってることに胸をはれず(自分への罪悪感があり)ぜんぜん楽しく自分のことを語れなかった。

「楽しく語れない自分」に嫌気がさして、また付け足そうとして頑張って…という堂々巡りだ。

 

 

「自分を大切にすること」とは、自己肯定ではなく

まず自分を客観的にみること

そして、客観視した結果を、受け止めて、その結果に行動をあわせていくということ

なんじゃないだろうか。

 

 

客観的にみられない

結果を受け止められない(普通になる勇気がない)

行動が伴わない

 

 

と、自分を大切にしていることにはならない。

 

 

自分の感情からは、一時しのぎで目を背けても、より強い反動になって、直視しないといけないタイミングが来る。

「すぐに相手にアドバイスをしてしまう人」は、心の強い人ではない。相手のしんどさに共感したくなくて、その場に一緒にとどまる勇気がなくて、つい行動を促してしまうからだそうだ。

私は自分自身にたいして、これをやっていたのかもしれない。

根気よく、しんどさにとどまる。
なんでしんどいのかを理解していくことで、だんだんと楽になっていく。
ここまできてから行動を変える。

弱いところをみる、しんどいことにも目を向ける。

 

 

でも一人では無理だった。

どん底だった時に心身ともに寄り添ってくれた親友や、
本気で私の幸せを願って、ときにはあえて厳しい言葉も尽くしてくれた秘書さん、
すべてぶちまけても変わらず愛してくれたパートナーがいたからだ。

ありがとう。

3年前にも似たような感情を抱いたけど、このときよりも、自分の腹の深いところに落ちた感覚があります。

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私はそんなに多くのことも、大きなことも、複雑なこともできない。

いたって「普通の人」だ。昔はそれが嫌だった。

でも、普通でも、大したことなくても、私は私が好きだ。

 

好きになれる根拠は、

いままでたくさん悩んで、嫌なことにも目をむけながら、一歩一歩確実に、自分と付き合ってきた足跡があるからだ。

自分の幸せを諦めなかった、その姿勢だ。

もうそれだけに尽きるといってもいい。

 

わたしには特になんの専門もない。

でも、自分の人生については専門家で、ずっとしゃべっていることができる。

どんなときにどんなふうに悩み、どう行動してきたのか、説明することができる。

私はただそれだけで、ほんとうに魅力的な人間なんだ。

 

Special Thanks 秘書の北崎亜希子さん

なっこさん(と呼ばせていただいている)は人の幸せを願って、相手が人生にとことん向き合えるよう伴走してくれる人です。損得勘定からではなく、愛で行動されている方です。

私はこの方の寄り添い力をみて、「聴く」仕事を降りる決意が自然に決まりました(笑)