私が会社を辞めるまで

仕事ができなくて死にたい。私が抑うつになって休職するまでの葛藤。

 

会社員の時にストレスで抑うつになり、休職したぽかべです。こんにちは。

 

わたしは早稲田大学を出て、新卒で倍率50倍の人気企業に就職しました。

しかし、まる2年つとめた後にとつぜん体調を崩し、抑うつと診断されてそのまま3ヶ月休職→仕事を辞めてブロガーになりました。

わたしが会社を辞めるまでに、どんな葛藤があり、なんで決断したのか?そこを体験談ベースでリアルにお伝えできればいいなと思っています。

 

仕事が合ってないかも・・と悩み始めた

 

就活生の時に、一番入りたかった会社。新卒で入社後、念願叶って希望の部署に配属されました。

 

とても忙しい部署だったので、残業時間は月80時間に達することもよくありました。

しかし、「社会人になって最初の数年間はとにかく、たくさん修行することが大事!」というストイック(バカ?)な思考だったため、毎日ヘトヘトでも、寝不足でニキビができても、むしろそれが勲章!

….という気持ちでいました。

 

しかし、入社して1年半が経ったころ、「私は、本当にこの仕事をほんとうに続けたいのだろうか」と悶々とする日々が続いていました。

長時間労働に身体が悲鳴をあげているのも実感していましたし、会社の方針と自分のやりたいことがズレてきているな….、とも感じていました。

 

合わない上司と仕事。最強にしんどい時期の始まり

 

悩みながら仕事をする日々が続くなか、任される仕事もだんだん高度化してきました。

自分の隣に座っている課長補佐級の上司に確認を取りながら、仕事を進めることになります。

が、しかし….。私はど〜〜してもこの方とうまく仕事ができませんでした….。

 

ミスしたり、考え方に改善の余地がある時、部下を指導するのは上司の仕事。

フィードバックをいただけることは、めちゃくちゃありがたいことです。

でも、その上司の私への指導はすべて「〜だからぽかべはダメなんだよ」という帰結に聞こえるのです。

まあ、私が自意識過剰なだけかもしれませんが・・。

 

小さい頃から不注意なところがあった私は、「確認したな」と思っても思わぬポロポロとミスが出てきてしまい、その度に上司をイラつかせていました。

だんだんと上司もそのイラつきを隠さなくなり、私がミスした時、隣で聞こえるように「使えねーな」「ほんと余計なことしかしないよな」などと言われるようになりました。

 

上司は、思ったことをすぐ口に出しているだけで、「攻撃してやろう」などと、深く考えていないことは分かっていました。

しかし、それでも恐怖は恐怖。私もだんだんと上司に対して萎縮するようになり、報連相をためらってしまったり、作業でもミスが増え、またイライラさせてしまい….。

どうしようもない悪循環に陥っていました。

 

一方で、私が仕事をこなしたことを報告しても、フィードバックはありませんでした。

まあ、私の仕事の質がよくなかったのもあると思いますが…。

「仕事というのは、そんなもんだ!」と言うこともできるかもしれませんが、

自分にとっては、苦手な仕事を進める大きなストレスと、やり遂げた時に得られる小さな達成感を比べてしまい、「なんだか割りに合わないなぁ」とやるせなさを感じるようになりました。

 

次第に私は、その上司が隣にいるだけでめちゃくちゃストレスがたまるようになっていました。

もう、なにかしでかしてはいけない!という気持ちでいっぱいで、目が合わせられないんです…。

 

私は障がい者だったの?心療内科でADHDと言われた時の衝撃。

 

上司との関係がしんどいことを友人に相談したら、心療内科で話を聞いてもらうのもありだよ、とのアドバイスを得ました。

 

そこで早速、職場近くの心療内科で話を聞いてもらいました。

ミスが多くて悩んでいることも打ち明けたのですが、

問診の結果、「ADHDかその傾向が強いようですね」と言われました。

 

ADHDは、ネットで見てなんとなく知っていましたが、詳細は知りませんでした。要するに、脳の思考の特性を指すそうです。大人の発達障害とも呼ばれています。

もっと知りたい方はこちらのリンクへ→ ○参考:大人のためのADHD

 

 

中でも、不注意性のADHDの特徴としては、下記が代表的です。

・ケアレスミスが多い

・忘れ物、なくしものが多い

・時間管理が苦手

・仕事や作業を順序だてて行うことが苦手

なんだ、俺か。

 

って言いたいくらい、すべて私に当てはまることばかりでした。

ほんとこれらの症状で、小さい頃からずうっ〜〜〜と悩んできたんですよね….。泣

PCで、何度 「自分 社会不適合」ってググったことかわかりません。

いままで、五体満足の健常者で、曲がりなりにもいわゆる日本のエリートコースにいる人!として自分を認識していただけに、じつはハンディキャップがあるかも?と言われて、けっこうな衝撃を受けました。

(こういうこと書くのはちょっと恥ずかしいですが、割と当てはまる人も多そうなのでさらけ出して書いています。)

 

しかし、クリニックを出た後、私の心はちょっとスッキリしていました。

 

苦手なもんは苦手。できなくっても仕方ない。

できないことで悩んでるよりも、

自分ができることや得意なことを見つけて実践した方がいいよね。

 

と、自分を認めてあげることにつながったのです。

ADHDという名前を借りて、生まれて初めて、ありのままの自分を受け入れることができた感覚がありました。

 

同じことを同僚とかに言われてたら、反感を覚えていたかも。スムーズにはいかなかったと思います。

しかし、メンタルの専門医に聞いてもらうと、スッと話ができます。

みなさんも、しんどいときには心療内科など「話を聞くプロ」のもとで話を聞いてもらってくださいね。

 

ついに身体を壊す

 

心療内科で気持ちを切り替えられたのは良かったものの、仕事が急にできるようになるわけでもなく。ストレスは依然として自分にのしかかってきました。

そして、ストレスがだんだんと体調に表れるようになり、動悸がしたり、急性胃腸炎になったりして、しんどい時には仕事をお休みせざるをえなくなりました。

 

そして心療内科に行ってからほぼ2ヶ月後、日曜日の夜。

下痢と嘔吐が止まらなくなり、つらくて一睡もできず、水も飲めなくなりました。

 

食あたりかな….!?と思い、まず消化器系の病院に行ったのですが、ウイルス性ではなさそうだし、よくわからないと言われました。念のためにインフル検査もしましたが、陰性でした。

 

まあ心理的なものだろうなぁ….。とぼんやり考えていました。

なんだか緊張の糸がプッツリと切れてしまい、思い切ってド繁忙期にも関わらず、会社を数日お休みしてしまいました。

 

お休みして自分の心と体と向き合う中で、「これもちゃんと人生を見つめ直すにはいい機会かも。」と思い、休職をすることにしました。

職場には迷惑しかかけてないなぁ….と申し訳なく思いますが、私自身にとっては、この決断は正解だったと思ってます。

 

26歳、会社員二年目の葛藤でした。

この文章が、近い立場のだれかの背中を押せるよう願ってます。